精神疾患の脳画像研究

精神疾患の解明

1990年代から、MRI、NIRSといったヒトの脳構造や機能を間接的に測れる技術が急速に進歩し、精神疾患の脳基盤について徐々にわかりつつあります。小池らは、東京大学・精神医学分野にて、統合失調症、特に発症前後に注目した脳画像研究を行ってきました。

統合失調症は、幻覚、妄想という症状を特徴とする症候群であり、一般人口100名中1名が罹患するといわれています。その原因はいまだわかっていませんが、もともと持つ素因(遺伝子要因や胎生期の異常)に、発症前のストレス因が重なって発症すると考えられてきました。近年の脳画像研究では、発症前後に脳の一部が体積減少を起こすことがわかっており(Kasaiら2003, Takahashiら2009)、発症前より発症後数年間で何らかの脳構造・機能変化が起こっていると考えられています。その一方、発症前から発症後数年間の重点的な心理社会的支援により社会的転帰が改善することもわかっており、脳の変化が一方的に進むわけではないことも示唆されています。

東京大学・精神医学分野では、統合失調症発症前後を様々な手法を用いて継時的に観察することで、統合失調症の病態解明につなげようという試みを2008年に開始しました(IN-STEP研究, Integrative Neuroimaging studies in Schizophrenia Targeting for Early intervention and Prevention; 文献9, プレスリリース)。小池らは、NIRSを用いて語流暢性課題中の前頭側頭葉脳機能を計測し、統合失調症臨床ステージによる機能変化の差が、脳部位によって異なることを明らかにしました(文献12)。

今後は、マルチモダリティ、縦断計測の解析を進めていく予定です(文献2, 3)。マルチモダリティ研究例として、統合失調症に特異的な下前頭回の脳構造・機能を挙げます。下前頭回は前頭葉の一部で、言語機能(Broca野)や社会コミュニケーション機能を担っていると考えられています。下前頭回は大まかにブロードマンの脳領域(BA)44野、BA45野、BA47野に分かれているとされ、それぞれ機能分担していると考えられています。これまでのMRI脳構造画像研究で、統合失調症は臨床ステージにかかわらずBA45野の体積減少が相対的に大きく、これは広汎性発達障害がBA44野に体積減少が相対的に大きくみられるのとは異なることを明らかにしてきました。そこで、MRIとNIRSを合わせたマルチモダリティ研究で体積減少と機能低下が関係するのか検討を行い、初発統合失調症群においてのみ、BA45野の体積減少と下前頭回のNIRS血流低下が相関することを明らかにしました(文献2)。

もう一方で、脳画像計測が普及するにつれて、大規模なデータを用いた解析手法の確立も重要となってきました。200名以上のNIRSデータを用いて、年齢による脳活動の低下が統合失調症と健常者で差がないこと、つまり発症後数年経過後は健常者と同様の変化しか起こらないこと、を明らかにしてきました(文献6)。また、東京大学は国内多施設共同研究機構COCORO に参画し、2000名以上から得たMRI構造画像の解析結果を発表してきました(文献1)。脳画像データは、一人の被験者からもギガバイト(GB)単位でデータが取れることもあり、ビッグデータをいかに解析するかを検討することが、今後の脳画像研究の課題ともいえます。

* うつ症状の神経基盤モデルに基づく診断・治療法の開発-皮質・側坐核・中脳系への着目(臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳), AMED H28-32)

上記のように、脳画像データがビッグデータ化し、データサイエンティストによる自動解析研究が進む一方、従来よりいわれてきた精神疾患の仮説についてはその多くが証明されていません。その一つとして、中脳辺縁系、中脳皮質系があります。これらはドパミン神経系の主たる経路とされており、脳内報酬系の中枢としてうつ症状に関与すると考えられています。また、中脳辺縁系のドパミン2受容体阻害剤が、幻覚や妄想の治療に使用されています。

中脳辺縁系、中脳皮質系は、精神疾患の様々な仮説に関わっていると考えられているにもかかわらず、ヒトでは網羅的に検討されたことはありませんでした。近年、MRI技術の進歩により、中脳や側坐核などの脳内微小構造物が描出できるようになってきました。こうした技術を確立し、うつ病や統合失調症のMRIデータを用いて、中脳辺縁系、中脳皮質系の状態を比較検討し、病態解明のみならず、鑑別診断や予後予測などの臨床応用を目指します。

臨床応用可能な客観的指標(バイオマーカー)の開発

医療現場では、数多くの客観的指標(バイオマーカー)があり、診断確定や治療方針の作成、治療効果判定などに用いられています。例えば、糖尿病では血液中の糖分、すなわち血糖値が用いられ、そのほかHbA1c、グルコアルブミンといったバイオマーカーが日常診療で役立てられています。こうした目で見てわかるバイオマーカーは治療に役立つだけでなく、患者さんが病気を理解し、治療を受け入れやすいという側面があります。

一方、精神疾患は現時点でも一般臨床現場で利用できるがほとんどありません。そのため、治療や支援は精神科医や臨床心理士等による問診に頼らざるを得ず、時として誤診や治療方針のずれが生じます。また、患者さん側から見ても、本当に病気なのか? 治療法・用量をどう決めているのか? 本当によくなっているのか? などの疑問点がわいてきます。さらに、問診だけ、という第三者から見えづらいことによる誤解や偏見も生まれます。

東京大学・精神医学分野では、他の国内研究施設と協力して、NIRSの臨床応用に取り組んできました。ある課題を施行中の前頭前野血流変化パターンがうつ病、統合失調症、双極性障害で異なるという研究成果を他施設共同研究でも実証し、2009年、精神科領域で初の先進医療に認定されました(「光トポグラフィー検査を用いたうつ症状の鑑別診断補助」)。さらにその後の登録施設での症例蓄積もあり、2014年に保険収載(健康保険制度で利用できること)されました。

しかし、これは一つの例に過ぎず、臨床現場でバイオマーカーが十分に利用されるにはまだ不十分です。現在の脳画像、脳機能計測では、一つの手法でその人の状態がわかることはないため、複数の計測法(マルチモダリティ)、かつ長期追跡フォローによる検討を行い、鑑別診断補助だけではなく、予後予測や状態像把握に有用なバイオマーカーを探索し、臨床応用を目指しています(文献2, 3, 9)。

本研究室開室以前の主要な研究成果
  • Okada N, Fukunaga M, Yamashita F, Koshiyama D, Yamamori H, Ohi K, Yasuda Y, Fujimoto M, Watanabe Y, Yahata N, Nemoto K, Hibar D, van Erp T, Fujino H, Isobe M, Isomura S, Natsubori N, Narita H, Hashimoto N, Miyata J, Koike S, Takahashi T, Yamasue H, Matsuo K, Onitsuka T, Iidaka T, Kawasaki Y, Yoshimura R, Watanabe Y, Suzuki M, Turner J, Takeda M, Thompson P, Ozaki N, Kasai K, Hashimoto R; COCORO: Abnormal asymmetries in subcortical brain volume in schizophrenia. Mol Psychiatry 2016 in press.[プレスリリース]
  • Iwashiro N, Koike S, Satomura Y, Suga M, Nagai T, Natsubori T, Tada M, Gonoi W, Takizawa R, Kunimatsu A, Yamasue H, Kasai K: Association between impaired brain activity and volume at the sub-region of Broca’s area in ultra-high risk and first-episode schizophrenia: a multi-modal neuroimaging study. Schizophr Res 2016;172(1-3):9-15.
  • Koike S, Satomura Y, Kawasaki S, Nishimura Y, Takano Y, Iwashiro N, Kinoshita A, Nagai T, Natsubori T, Tada M, Ichikawa E, Takizawa R, Kasai K: Association between rostral prefrontal cortical activity and functional outcome in first-episode psychosis: a longitudinal functional near-infrared spectroscopy study. Schizophr Res 2016;170(2-3):304-10.
  • Tada M, Nagai T, Kirihara K, Koike S, Suga M, Araki T, Kobayashi T, Kasai K: Differential alterations of auditory gamma oscillatory responses between pre-onset high-risk individuals and first-episode schizophrenia. Cereb Cortex 2016;26(3):1027-35.
  • Gong Q, Dazzan P, Scarpazza C, Kasai K, Hu X, Marques T, Iwashiro N, Huang X, Murray R, Koike S, David A, Yamasue H, Lui S, Mechelli A: A neuroanatomical signature for schizophrenia across different ethnic groups. Schizophr Bull 2015;41(6):1266-75.
  • Chou PH, Koike S, Nishimura Y, Satomura Y, Kinoshita A, Takizawa R, Kasai K: Similar age-related decline in cortical activity over frontotemporal regions in schizophrenia: a multi-channel near-infrared spectroscopy study. Schizophr Bull 2015;41(1):268-79.
  • Nishimura Y, Takizawa R, Koike S, Kinoshita A, Satomura Y, Kawasaki S, Yamasue H, Tochigi M, Kakiuchi C, Sasaki T, Iwayama Y, Yamada K, Yoshikawa T, Kasai K: Association of decreased prefrontal hemodynamic response during a verbal fluency task with EGR3 gene polymorphism in patients with schizophrenia and in healthy individuals. Neuroimage 2014;85(Pt 1):527-34.
  • Koike S, Bundo M, Iwamoto K, Suga M, Kuwabara H, Ohashi Y, Shinoda K, Takano Y, Iwashiro N, Satomura Y, Nagai T, Natsubori T, Tada M, Yamasue H, Kasai K: A snapshot of plasma metabolites in first-episode schizophrenia: A capillary electrophoresis time-of-flight mass spectrometry study. Translational Psychiatry 2014;4:e379.
  • Koike S, Takano Y, Iwashiro N, Satomura Y, Suga M, Nagai T, Natsubori T, Tada M, Nishimura Y, Yamasaki S, Takizawa R, Yahata N, Araki T, Yamasue H, Kasai K: A multimodal approach to investigate biomarkers for psychosis in a clinical setting: the integrative neuroimaging studies in schizophrenia targeting for early intervention and prevention (IN-STEP) project. Schizophr Res 2013;143(1):116-24.
  • Koike S, Takizawa R, Nishimura Y, Kinou M, Kawasaki S, Kasai K: Reduced but broader prefrontal activity in patients with schizophrenia during n-back working memory tasks: a multi-channel near-infrared spectroscopy study. J Psychiatr Res 2013;47(9):1240-6.
  • Koike S, Nishimura Y, Takizawa R, Yahata N, Kasai K: Near-infrared spectroscopy in schizophrenia: A possible biomarker for predicting clinical outcome and treatment response. Front Psychiatry 2013;14(4):145.
  • Koike S, Takizawa R, Nishimura Y, Takano Y, Takayanagi Y, Kinou M, Araki T, Harima H, Fukuda M, Okazaki Y, Kasai K: Different hemodynamic response patterns in the prefrontal cortical sub-regions according to the clinical stages of psychosis. Schizophr Res 2011;132(1):54-61.
  • 小池進介: 【統合失調症の脳画像・脳生理学的研究の進歩】 近赤外線スペクトロスコピィを用いた統合失調症の予後予測と状態像把握. 精神神経学雑誌 2013;115(8):863-73. [Link]
主な共同研究機関
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